2015年6月13日(土)未来都市、マジパン、人工知能

  • 月一、エコール・ド・東山もあと二回!

  • (2015年10月3日(土) 午前4時4分55秒 更新)
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未来都市、マジパン、人工知能

いつもおいしいケーキを作ってくれる、ハイアットリージェンシー京都のパティシエ、渋谷南さん。

ラス2のエコール・ド・東山

月一、文化の日として通っているエコール・ド・東山も残すところ今日を入れてあと2回。さびしくなるね。

西山夘三と1970年日本万国博覧会

本日一本目はアンドレア・フロレス・ウルシマさんによる、西山夘三が作成した70年の日本万国博覧会の原案から、彼の都市計画思想を読み解く一時間。ウルシマさんの専門は建築都市計画学でサンパウロ大から来ているとのこと。流暢な(でもときどき単語がかわいい)日本語での発表だった。

ウルシマさんのおじいさんが1930年代にブラジルに移民したのだそうで、彼女は日系三世になる。ウルシマさんは「漆間」さんなのかもしれない。古い写真で見る鹿児島は、皆着物を来ていてとんでもなく田舎で、ウルシマさんは地球の反対側のアジアに対して、古い写真の鹿児島のようなところ、というイメージを持っていたらしい。ところが実際に来てみると、ソウルも東京も大都市でびっくりしたんだとか。

まあ、そんなもんかもねえ(笑)。

さて、日本は1960年代急激に都市化が進み、農林水産業から都市へとどんどん人口が移動したのだった。すると当然いろんな都市問題が出てくる。西山夘三が都市計画思想を温めていたのはそんな時期だ。

大阪万博は当初、西山夘三を中心とした京都大学万国博グループが計画を立案していたが、後に東京大学丹下グループに移ったという。しかし西山夘三らが考えたシンボルゾーンやお祭り広場という考え方は、最終計画にも反映された。今も万博公園へ行けば、その基本構造を見ることができる。

西山夘三は都市部にはシンボルゾーンが必要だと考えた。インフラ管理、文化、交通の機能が集中するゾーンだ。そしてシンボルゾーンには大きな広場がなければならない。実際大阪万博では15万人収容可能なお祭り広場が作られている。

大きな広場があるシンボルゾーンは、都市を結ぶ交通網に接続しており、大きな広場は小さな広場につながっている。人々は交通機関からシンボルゾーンに出て、目的の場所がある小さな広場へ分かれていく。

西山夘三は、西洋モダニズムの影響を受けながら、既存共同体のフィールドワークを経て、「祭り」が大事であり、祭りを行う広場が必要だと思うようになった。日本では靴を脱いで家にあがるように、車という靴を脱いで都心に入る、そんな「広場都心都市」という考えが、大阪万博の計画にも見て取れる。

この広場都心都市は自治生活圏という言い方もされていて、後の茶話会でウルシマさんは今議論されているコンパクトシティの考え方につながる発想だと指摘していた。ちなみに、最近別の研究会でコンパクトシティについて聞いたばかりだったので、「コンパクトシティに似てますね」と言ったのは僕なんだけど、ウルシマさんがやたらうれしそうに微笑んだのには、ちょっときゅんときた。笑顔がキュートな方なんです。

交通網とつながり大広場をそなえたシンボルゾーンとシンボルゾーンから分かれた小広場をひとつの自治生活圏ユニットとして、それらユニットの集積が大都市となる。そんな都市計画思想に基づいて大阪万博が計画されていたとは。まさに未来都市のコアモデルだ。

茶話会では日本の都市には広場がないことが話題になった。神社や寺、通り、河原、などが広場の機能を代替するものとしてあがった。逆に主にヨーロッパで、広場的なものを意識して作る町づくりがなされてきたのはなぜなんだろう。考えてみると不思議なことはいろいろあるなあ。

渋谷南さんがマジパン細工部門で金賞を受賞

ここでニュース。いつもエコール・ド・東山のためにケーキを作ってくれているハイアットリージェンシー京都のパティシエ、渋谷南さんがヌーベルパティスリーデュジャポン主催「第12回ヌーベルパティスリー技術コンテスト」マジパン細工部門で金賞を受賞したとのこと。Wikipedia によると、マジパンっていうのは砂糖とアーモンドを挽いて練りあわせた、餡のような食感のある菓子なんだそうだ。渋谷さんのケーキはとてもおいしいので、毎回楽しみにしている。独立してケーキ屋さん開いたらぜひおしえてください(笑)。

機会と人はどう共存して行くのか〜統計的機械学習入門〜

後半戦は則のぞみさんによる、統計的機械学習に関する発表。小一時間のうちに一通り説明するべく、めちゃくちゃ早口で進む発表だった。ついて行くのがやっと。

人工知能、AIの研究は、心の意味への問いでもある。心/人間を作ることで心/人間を理解する試みでもあるからだ。しかし AI 研究はつい最近まで冬の時代だった。

1956年から1974年、AIは黄金時代を迎えていた。AIは順調に発達し、やがて人間と変わらない知能を身につけるかに思えた。しかし、1974年ごろから壁にぶちあたる。それがフレーム問題だ。フレーム問題は、現実世界で起こりうる無限の可能性から、やろうとしていることと関係のあることだけを選び出すことが実は非常に難しいという問題だ。

理想化され単純化された現実世界を前提としたAIは長らく行き詰まっていた。1990年代、これを突破したのが統計的AIだった。際限なき多様性、不確実性を孕んだ生の世界で、入力から出力を返す関数の性能を観測データを使って向上させる機械学習が発展し、顔認識や検索エンジンなど、パターン認識への応用が著しく進んだ。今や、AIの予測が僕らの生活に入り込むようになってきている。

たとえば自分の好み、次に買うべき商品、職業の適性、将来病気になる可能性など、生き方を変えてしまうようなものを含めて、知りたくなかったことをAIの予測によって知らされてしまう事態が、もう既に十分あり得る。

一昔前のSFが予言したような人間を超える人工知能に人類が脅かされるようなことは当分ないかもしれないが、別の形でAIは人類に影響を及ぼすようになっている。それをどう考えるか。そんなお話。サールの中国語の部屋など、昔よく読んでいた本の話題が出てきておもしろかった。

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