2015年2月14日(土)バンアレン帯記念日

  • 今日は、1958年にアメリカの物理学者ジェームズ・ヴァン・アレンが、地球の磁場にとらえられた、陽子、電子からなる放射線帯を発見してから、57年の記念日らしい。

  • (2015年3月7日(土) 午前3時48分57秒 更新)
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某所でいただいたチョコ

某所でいただいたチョコ。ヴァンアレン博士がチョコ好きだったことにちなむ。

隠れた名店「Bake House INOUE」

毎回ランチは何食べようかと悩むんだけど、これからは「Bake House INOUE」で決まりだ。三十三間堂の少し西。七条通の南側にある小さなパン屋さん。いかにも町のパン屋さんという外観なのに、北山通の高いパン屋さんで売られているような凝った調理パンやサンドイッチが置いてある。しかもそんなに高くない。

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外観からは想像もできないおいしさ。調理パンがオススメ。

京博でランチ。

京博でランチ。どのパンもおいしかった。小春日和で日差しが気持ちよかった。

2月の京博平常展

今回も近世絵画、とりわけ若冲の群鶏図が迫力あった。何回も見てる気がするけど、一気に描いたように見えて、よくよく目を凝らせば、輪郭線に沿って塗り残しがあったり、さりげなく細かい仕事してますなあ。かっこいい。

よいお天気。

よいお天気。

今月のエコール・ド・東山

さあて今月のエコール・ド・東山は?

「デポジト・ダルテ・プレゼンテ」の実験

本日一本目は池野絢子さんによる、1960年代末、イタリアのトリノに生まれた「デポジト・ダルテ・プレゼンテ」についての発表。「デポジト」は「オルタナティブスペース」の嚆矢だったと言う。美術館や画廊のように、公的機関が作品を公に展示保存、あるいは販売する、芸術作品のために作られた空間ではない、既存の、他の目的の為に作られた空間を利用し、芸術家自身が、新しい芸術を生み育てる場。現在では、横浜の Bank Art などにその試みが引き継がれている。

池野さんによると、デポジトの直後誕生した、ニューヨークのオルタナティブスペース「グリーンストリート98」は、アンディウォーホルらが活躍し、美術史にその名を刻み込んでいるのに対し、デポジトは今ではほとんど忘却されているのだそうだ。

ポー川河畔の広大な空きガレージを利用したデポジトでは、芸術家たちが自分たちで好きな場所に作品を設置し、その広い空間でなければ不可能な作品がいくつも作られた。しかし、既に名のある巨匠に作品を発表させたことをきっかけに、内部で亀裂が生まれてしまう。デポジトは商業的利益に基づいた半-公的機関ではないはずだと。

かくして、同時代的に注目を集め、美術界の国際的動向を先導したデポジトは、一年半限りでバラバラとなり、不幸な結末を迎えるのだった。その結末は、関係者にとってよほど思い出したくない出来事であったらしく、池野さんがインタビューした際にもなかなか当時のことを教えてくれなかったそうだ。

不幸な形で終わらなかったオルタナティブスペースであっても、「グリーンストリート98」は3年で終了しているようだし、新たな芸術を生み出す「場」というのは、そもそもそんなには長く保たないのかもしれない。芸術家だもの。ただ、こうした空間が長持ちしない一番の理由は、資金が続かないことなのだそう。

デポジトは毎月一万リラという、高い会費を払ってくれる会員によって支えられていた。そしてデポジトの作品は会員のみ見ることが許され、一般に公開されていたわけではないらしい。「アルテポーヴェラ(貧しい芸術)」と呼ばれた芸術が、超お金持ちたちが集う、ヒミツの芸術サロンに支えられていたというのは、ちょっとした皮肉だと思う。

空間が、新しい作品を育て、外部との交流を促す、というのはおもしろいと思った。そうした空間の賞味期限はどのようにして訪れるのだろう。不幸な結末を避けるにはどうすればよいのか。あるいは幸せな引き際を見極めるポイントはどこにあるのか。そんなことを考えながら発表を聞いた。

カメルーンの若者たちと描くヒップホップ

二本目は矢野原佑史さんが、映像人類学の手法を用いて、カメルーンのヒップホップ文化について発表してくれた。カメルーンは元フランス領で、国内にフランス語圏と英語圏があり、西部の英語圏はフランス語圏よりもずっと小さく、英語圏出身者アングロフォンはマイノリティの立場にあるという。

ヒップホップは、口でビートボックスを奏でることもできるし、簡単に作曲できるソフトウェアも手に入りやすいため、楽器が要らずお金がかからない。何より黒人が世界的スターだということで、カメルーンでも人気なのだそうだ。グローバル文化のローカル化と言える。

製品化された楽曲のみを分析していることが先行研究の問題だと感じた矢野原さんは、実際にカメルーンのスラムに住み込んで、現地の若者達とヒップホップを作りながら、研究を進めたのだという。

フランス語圏出身者フランコフォンと英語圏出身者アングロフォンの両方に関わりながら、楽曲を提供したり、PVを作ったりして、調査対象者自身に自らを語らせる、という方法で分析を進めているらしい。

フランコフォンアーティストがフランス語や民族語を使って、アフリカの歴史や現実的な社会問題を歌うのに対し、アングロフォンアーティストはあえてアフロアメリカン風の英語を使い、アメリカのスターのような、非現実的なゴージャスでハデな生活を歌う。

アングロフォンアーティストが、争いに満ちたギャングのような生活を歌いながら、実はそれら歌詞の内容は生活実感からかけはなれていたりする。でも彼らも「わかって」それをやっているのだった。エゴイスティックなファンタジーではなく、皆が求めるファンタジーを提供するために。「スラムの日常を映像化したところで誰が楽しむのか?」

目の前で朴訥と話すメガネをかけたまじめそうな青年と、映像の中でサングラスをかけ日本語で器用にラップを口ずさむ青年とのギャップが、なんだかおもしろかった。研究成果を映像で残すことは、現地でそれを見せた時、さまざまな人からたくさんのフィードバックが得られ、論文にまとめるよりもずっと多くの人とつながることができるのだと言う。実際、映像の力を感じたし、映像人類学という方法に興味がわいた。

四十にして或わず

エコールでいつもお会いする常連の方が、お引っ越しするというので、理由を聞いたところ、おもしろい話を聞けた。曰く、なんとかいう先生が言うには(聞いたけど忘れた)、「四十にして惑わず」というけれど、この言葉が言われた当時、「惑」という漢字はなく、心のない「或」だった。これは枠とか区切るとかいう意味で、本来の漢字である「四十而不或」を読み解けば「四十にしてこもらず」といったふうになる。それで、枠を破ろうと思ったのだと。

へええ、いい話!! 僕もそういうかんじに生きようと思います☆

本日のケーキ

本日のケーキ。予想に反してチョコではなかった(笑)。

ひさびさにブログルド

なんかまたメニュー増えてた! サラダもあったよ。あとワインが充実。熟女とか乙女とか(笑)。

ひさびさにブログルド

北白川縁蛸開店から数えて15周年!

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