2014年12月13日(土)今月のエコール・ド・東山

  • さて月一文化の日でございます。次の日走るので、この日はおとなしく電車で京都へ。

  • (2014年12月15日(月) 午後11時34分28秒 更新)
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京都国立博物館表門

京都国立博物館表門。秋の特別公開は終わっているはずだけれど、まだここから出られるようになっていた。

プロソポンってなんだぽん? 青年医師、憧れのブータンを行く! の二本です

うんがくっく。本日のエコール・ド・東山もまた、バラエティに富んだ内容だった。世の中いろんなことに取り組んでらっしゃる方がいる。

プロソポン〜古代ギリシア文献における「顔」

本日一本目は佐藤真里恵さんによる、多義的な古典ギリシア語「プロソポン」の考察。古典ギリシア語のプロソポンはラテン語のペルソナ(persona)や、英語のパーソン(person)などの元となった言葉なんだそうで、「顔」「仮面」「役柄」「人格」など、さまざまな意味を持っていたという。

プロソポンという単語は、「プロソ=〜に対して」と「オープス=目」が合わさってできているそうだ。「目に対するもの」「目に映ずるもの」といった意味が、元々の意味であるらしい。だから、プロソポン=顔、とは、見られる顔であって、ありのままの顔とは限らない。素顔、化粧した顔、仮面の顔、いずれも、それが一番表に出ていて、見られるものであるがゆえに、プロソポンと呼ばれた。

ギリシア演劇は、ポリスの神事として神に奉納されるものだったそうだ。演者も観客も成人男子に限られた。だから演劇に女性を登場させるには、女性の仮面をかぶる必要があった。また古代ギリシアには、習慣や内面が顔の特徴に反映されるとする思想があり、古代ギリシア演劇の仮面は役柄ごとに細かく類型化されていた。舞台に上がる俳優は、類型化された仮面の力を借りて、ときに一人何役もこなし、声色やしぐさでそれぞれの役を演じ分けたという。

顔と仮面の両方を意味するプロソポンという言葉は前8世紀には書物に見られる一方、仮面だけを意味するプロソペイオンという言葉が書物に登場するのは、前3世紀になってからだそうだ。仮面劇が演じられながら、それまで仮面だけを意味する言葉が必要とされなかったのは、たしかに興味深いと思う。

佐藤さんがなぜプロソポンという古典ギリシア語に注目するのか、そのあたりの問題意識をもっと的確に捉えられていれば、いっそうおもしろくお話を聞けたことと思う。その点がすこし残念だった。

茶話会では、古代ギリシア演劇に用いられた仮面のことなどを聞いた。日本の能面は顔よりも小さいが、古代ギリシア演劇で用いられたのは、頭にすっぽりかぶる仮面で、仮面による声の反響も重要だったのではないか、という説があるそうだ。古代ギリシア演劇の仮面は、一見、正倉院展でよく見る伎楽面のようで、言われてみると、声が通るよう大きめに口が開いている。頭にすっぽり仮面をかぶりながらセリフをしゃべり、声色による演技も重視されたっていうのは、案外なじみがないなあと思った。一度どんなかんじなのか見てみたい。

ブータンにおける予防医学

本日二本目は、お医者さんでもある研究者、坂本龍太さんが、ブータンに赴き、予防医学としての健康診断を広めることになったいきさつや、現地での奮闘ぶりをお話ししてくださった。坂本さん、長身で声量があり、お名前に負けない豪放な雰囲気をかもしておられました。

もともと坂本さんはブータンに興味があったそうで、いつかブータンで仕事をしてみたいと思っていたそう。で、そんなことを口にしていたら、京大だったら行けるかもしれないよと言われたらしい。

というのは京大とブータンとは1957年からつながりがあり、あの本田勝一が京大山岳部にいたころ、ブータンの未踏峰に登りたいと考えていたちょうどそのとき、京都にブータンの王妃が来ていて、これ幸いと、京都を案内したり寺町三条の三嶋亭ですき焼きをごちそうしたりしたことが、そのはじまりなんだそうな。

それでそのとき坂本さんのボスにあたるひと(?)が、たまたまブータンの首相を知っていたので、首相に手紙を出してくれたらしい。といっても返事がすぐ来るはずもなく。ところがしばらくたってブータンの首相が来日したとき、誘われて坂本さんも首相を歓迎する会に出席したところ、首相が、この中にひとりブータンで仕事をしたいという医者がおる、と言い出したそうで、歓迎するから前に出てほしいと言われ、そこからブータン行きが決まったそう。

うむ。やっぱりやりたいことはあちこちで吹聴しておくのがいいみたいだ。あと人とちょっと違う好きなものをみつけられることは僥倖であります。

ブータンには車が走れる道路があまりなく、たくさんの集落が険しい山の中に点在し、病院までたどりつくのに数日かかる人々が大多数だという。そのうえ病院の設備は不足している。人々の識字率も低い。そんな中でどうしたら人々の健康を守れるのか。坂本さんはブータン政府の人々と議論し、各地の村人とも力を合わせて、特に高齢者を対象とした予防医学に取り組んでいるそうだ。

ブータンでは高血圧の高齢者が多いらしい。というのは、海藻を取れない内陸部ということで政府が塩にヨードを入れることを義務づけており、塩が健康に良いと信じられていて、塩分摂取量が多くなりがちだからだそう。内陸で塩が手に入りにくかった歴史の反動ということもあるかもしれない。意外と糖尿病も多く、患者は車を持っている人や車道沿いの集落に多いとのこと。歩かなくなったからだろう。

健康診断で高血圧かどうか、糖尿病の傾向があるかどうかがわかれば、病気になることを予防できる。そうすれば病院が遠くても、設備がなくても、人々の健康を守れる。全国的な定期健康診断は、人々の健康を守る第一歩、というわけだ。

坂本さんの活動には、苦労とともにいくつも印象深いエピソードがあったそう。

健康診断に来てもらうためにプレゼントを渡してはどうかという坂本さんに、「そういうことをするとお前が帰った後続かない。長い目で見てよいものなら広がる。」という政府。医者よりもまずは、祈祷や毒吸い男(首筋に傷を付けて血を吸い出し、悪さをする悪魔を吸い出す技能者)に頼らざるを得ない人々。屈託なく酒代をせびりに来て、断られても微笑みを返して去って行く山の民。

そんなブータンでの驚きの日々はつい最近出た坂本さんの著書「ブータンの小さな診療所」にも、くわしく書かれているんじゃないかと思う。ぜひ☆

高度な医療で長生きしつつ、満ち足りた気持ちにつつまれた、幸せな老後は、どうしたら可能なんだろうね。家族に囲まれ満足げな高ブータンの齢者と、高度な医療に恵まれた日本の高齢者、どっちがいいとは簡単に言えず、幸せってなんだっけってことを、どうしても考えてしまうお話でした。

京都国立博物館

年間パスポート持ってるから何回でも気軽に入れちゃうんだぜ。帰り際、秋の特別公開が終わったのに、表門が開いているのを不思議に思ったんだけど、今調べたら、12月6日から23日の午後5時から7時までの間、イルミネーションで飾られた庭園が無料開放となっているらしい。

入れ替えがあってちょっと楽しみにしていた平常展はあまりゆっくり見られなかった。6時ぐらいまで開いているかと思ったら5時までだったのもあるけれど、コート着てると中が暑すぎて、やたらと汗をかいたからすぐ出てしまった。

まあ、「京へのいざない〜ズラリ国宝、ずらり重文」展がすごかったということだと思う。入れ替えられた作品はいまひとつぱっとしなかった。その中で「十二類絵巻(じゅうにるいえまき)」が鳥獣戯画みたいでおもしろかった。今日はちょっとバタバタしてたのでまたゆっくり見に来よう。なんせ、年間パスポート持ってるしなー。

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